2018年、夏真っ盛りの7月中旬。
「せっかくだし、夏らしいことがしたい!」
そんな思いつきから、ヒルクライムの果てにある”天の川”を見にいくことにしました。天体観測というやつですね。なんだか夏っぽいでしょ?
今まで生きていて、天の川はもちろん、満天の星空というものを見たことがないんですよね。
どこに行けば見れるだろう?
いろいろ調べた結果、サイクリストの間では超有名な『渋峠』を訪れることにしました!
星空を楽しむための条件
きれいな星空を観測するための条件を調べてみると、大きく3つのことがわかりました。
②周囲に余計な光源がない
③空気が澄んでいる
なんとなく理解できますね。
太陽の光を受けて輝く月は、それだけで星の光を見えにくくしてしまいます。①の”月が出ていない”を正確にいうと”満月を避けて新月の日に観測する”ということです。
月のカレンダーで調べてみると、僕が渋峠を走る7月15日は新月から2日後。完全に地球から観測できなくなる新月ではありませんが、いいんじゃないでしょうか?
月と同じ理屈で、周囲に余計な光源があると星のきらめきを邪魔してしまいます。天体観測の世界では、こういう光を”光害”と呼ぶそうです。
空気が澄んでいるというのは、空気中に排気ガスや塵がない状態のことをいいます。都会よりも自然豊かな地方の方が、「空気がおいしい!」と思うのと同じ理屈ですね。
冬の方が絶対的に空気が澄んでいるそうですが、今回は真夏の天体観測。こればかりは仕方ない。
さて、これらの条件に合った場所を探したところ、サイクリストの間では”超”が付くほど有名な『渋峠』を訪れることにしました。
渋峠は群馬県中之条町と長野県山ノ内町にかかる峠で、日本国道の最高地点があったり、県境に建てられた『渋峠ホテル』があることでも知られています。
標高は、なんと2,172mもあります。
佐渡島の『大佐渡スカイライン』を走ったときに、「めちゃくちゃ高いところまできた」と感動しましたが、最高点が標高942mでした。
その2倍以上あるの!?これは、ワクワクしすぎて震えてきたぜ…!
標高2,172mの渋峠だったら周囲に余計な光源もありませんし、夏とはいえ地上とは比較にならないくらい空気も澄んでいるでしょう。
そんなわけで、真夏の天体観測ライドの舞台は渋峠で決まり!
観測するのは当然夜中なので、最高地点にある渋峠ホテルに宿泊します。
電話予約したときに、天体観測をしたい旨を伝えると、「星空目当てで来る人も多い。今もきれいに星が見えているよ」という心強い情報をいただきました。
当日の天気、こればかりは”運”でしょう。日頃のおこないのよさを信じるしかありませんね!
ヒルクライムの聖地、渋峠を走る
渋峠を走るルートは、群馬県側からと長野県側からそれぞれにあります。
サイクリングブログでよく見かけるのは群馬県側からのルートですが、2018年7月の時点では、同年1月に発生した白根山噴火の影響で交通規制がかかっていて利用できません。
そのため、今回は長野県側から渋峠を攻略していきます。
準備万端で当日の朝がやってきました。満天の星空を眺めるために渋峠を上る1泊2日の自転車旅に出発です。我ながら、なんともロマン溢れる企画ですね。
クロスバイクを車に積み込んで、まずは長野県に向かいます。出発地点にしたのは、長野県山ノ内町の国道292号沿いにある『道の駅 北信州やまのうち』です。
道の駅には事前に、「駐車場に車をとめて、渋峠ホテルで一泊してから戻ってきたい。そういう使い方をしても大丈夫ですか?」と確認して、了解を得ています。
自宅から長野県は結構な距離があるため、約3時間のドライブを楽しむことになりましたが、無事に『道の駅 北信州やまのうち』に到着です。
北信州のグルメを楽しめる食堂や農産物の直売所があり、とても賑やかな道の駅でした。
駐車場は各種施設があるところ以外に、国道292号を挟んだ向かい側にもあるのですが、そちらは利用者が少ないため丸1日とめていても迷惑はかからないでしょう。
時刻は12時30分。準備を済ませて、あとはペダルを漕ぎ出すだけですね。
ジリジリと突き刺す真夏の日差しが心地いい。
これからひた走る国道292号は、目の前に広がる山々に一直線に伸びており、そして”日本国道最高地点”まで続いています。
渋峠ホテルまでは約26kmなので、15時のチェックインには余裕で間に合うでしょう。
ちなみに、この渋峠ホテルですが自転車にご理解があり、なんと”サイクリング限定”の宿泊プランがあります。1泊2食付きで通常プランより少し安くなっているのかな。
うれしい配慮ですね。もちろん、サイクリング限定プランで宿泊することにしました。走る前から夕ご飯が楽しみ。早めに着いてしまったら、ゴロゴロして日頃の疲れを癒そうかな!
なんてもの凄い余裕をぶっこいた発言をしていますが、走り出す前の僕は一体なにを考えていたのだろうか?自分でもわかりません。
サイクリスト人生で五指に入る過酷なライドが今はじまる!
熱中症にはご用心
連日、ニュース番組では猛烈な暑さが報道されている2018年7月の夏。
この時期のサイクリングでは、とくに日焼け止めが必須アイテムになりますね。強烈な紫外線を長時間浴び続けると、体に悪影響を及ぼします。
僕は日焼けすると真っ赤になって、夜のお風呂で悶絶するタイプなので出発前に入念に塗り込みます。その日焼け止めも、汗と一緒に流れ落ちそうだ。
道の駅の駐車場を出発して、国道292号を走ります。直後から上り坂が続きますが、勾配のゆるやかな坂なので問題ない…はすなのに妙に足にくる。なんだろう?
水分補給を怠るまいと、ボトルケージにさしたペットボトルの麦茶を口にふくみます。
それにしても、ヒルクライムの聖地『渋峠』を走っていると思うと、なにか熱い気持ちが胸にこみ上げてきますね。
インターネットでサイクリストのブログを徘徊していると、かなりの頻度であらわれる『渋峠』の名前。必ずといっていいほど絶賛されています。
森林限界を越えた先にある圧巻の景色を、いつか自分の足で見にいきたいと思っていました。それを叶えることができた。
自分の行動力に感謝です。今日のライドは心の底から楽しんで走ろう!
スタートから約5km地点、志賀高原の看板があらわれたところで少し休憩。
走りはじめてまだ30分しか経っていないはずなのに、体が悲鳴をあげている。気持ちとは裏腹に、体が重くてフラフラしてしまう。
軽いめまい、立ちくらみ、手足に力が入らない、異常に喉が渇く。もしかして、これは”熱中症”の初期症状?自分の身に起きたことですが、すぐには信じられませんでした。
炎天下とはいえ、たったの30分しか走っていないのに、こうも具合が悪くなるものなのか。
一方で、思い当たる節もあります。仕事の疲れ、前日はどうしてもお酒を飲まなければいけない用事があって、ほろ酔いで夜遅くに帰宅。今日の朝は寝不足気味でした。
あまり自覚はなかったのですが、コンディションが最悪だったみたいです。ペダルを回すのもしんどいので、仕方なくクロスバイクを押して歩きます。
さて、どうしよう?
ここでのベストな対応は引き返して車で休むこと。そして、体調が回復してから車でホテルまで向かい星空観測を楽しむ…です。
ただ、頭ではわかっていても引き返すのには抵抗があります。星空を見るのが目的ですが、渋峠は車ではなく”自分の足”で上らなければ、長野県まで来た意味がない。
そのとき僕が下した決断は、「ゆっくりでもいい。上ろう…」というものでした。
炎天下の中、20km以上先の渋峠ホテルをめざして自転車を押して歩きます。
雲一つない快晴に、道が続いているようです。このときの気温は36度くらい。とにかく暑い。
振り返ると、「とても危険なことをしていたな…」と反省しているので、真夏のサイクリング中に体調が悪くなっても、僕と同じようなことはしないでくださいね。
うーん、それにしても荷物が重い!
今回は恒例のパンク修理道具に加えて、1泊分の着替えとお泊り用品。そして、iPhone用の三脚をリュックサックの中に詰め込んでいます。
渋峠を舐めているのかと思うくらいの重装備。
ちなみに、三脚は星空をきれいに撮影するために必須ということだったので、急きょAmazonで購入したのですが、届いたものが予想外に大きくて重かった。
立派すぎる三脚とBluetoothで繋ぐiPhoneカメラ用リモコン、星空撮影用の有料アプリを導入して、素人ながらに準備は万全にしてきたつもりです。
そんなこんなで重くなった荷物を背負いながら、渋峠を上っていきます。ここまで来たら、きれいな星空を観るために後戻りはできないのだ!
距離感やヒルクライムの勾配、季節、自分の体力など、目的地まで走り切るための”感覚”が、なぜか大きく狂ってしまった上でのライド。
過酷な道のりは、はじまったばかりです。
自転車を押して歩く一生忘れない道
自転車に乗れる体調ではないので、基本的には歩いて上ります。
真夏の太陽はギラギラ燃えており、日が差しているところにいるだけでじわじわと体力を奪われます。なるべく日陰を歩くようにするだけで、体への負荷がずいぶん違います。
ドリンクを飲んで水分補給をし、小まめに休憩を繰り返していると、少しずつですが体がラクになるのを感じます。
もちろん本当に熱中症になったら、短時間では回復しません。安静にしているならまだしも、僕は炎天下の山道を歩き続けているわけですからね。
「この回復はほとんど気休めだろうな…」
頭ではわかっているものの、今はすがるしかありません。大切なのは一歩を踏み出す力が自分にある!…と錯覚でもいいから思うことです。
開始早々、気持ちの勝負になってきたぜ!
少しずつ前に進んでいたのですが、ここにきて用意していたドリンクの底が付くという大ピンチが発生。大量に飲んだため、すぐになくなってしまったのです。
自動販売機は!?こんな山の中にあるわけない!
喉がカラカラになりながらクロスバイクを押して歩いていると、目の前に『潤満滝展望台』という施設の駐車場があらわれました。
おお!ここならドリンクをゲットできるかもしれない!
急で長い階段を上らないと展望台にはたどり着かないようなので、今まさに降りてきたおっちゃんに、「この上に自動販売機ってありましたか?」と聞いてみると、「ない」と一蹴。
絶望的な気分になりましたが、自動販売機がないのであれば滝を見ている余裕もない。先を急ぐとしましょう。
そこから500mくらい歩くと、今度は『沓打名水公園』という施設がありました。
名水という文字に期待を込めて公園内に入ってみましたが、こじんまりしたところで自販らしきものは見当たりません。うーん、残念。
せっかく熱中症が回復してきたというのに、再発しそうです。
飲み水を求めてさまよい歩いていると『森の温泉宿 ビワ池ホテル』という宿泊施設を発見。お邪魔してみると、夢にまで見た自動販売機がありました!助かった~!
500mlのスポーツドリンクを購入し、勢いよく一気飲み。失われていた水分が体に染み込んでいきました。生き返るとはまさにこのこと!
続く道のりのことを考えて、追加で2本購入しボトルケージにさしておこう。重量は増えてしまったが、背に腹は代えられない。同じ轍は踏まない。
九死に一生を得ました。ありがとう、ビワ池ホテルさん。
ちなみに、ホテルの名前にもなっている『琵琶池』とは、この近くにある”楽器の琵琶”に形が似ている池のことだそうです。
今回はスルーしますが、次回以降、余裕があるときに立ち寄らせてもらおう。
時刻は14時50分。出発から2時間20分が経過し、進んだ距離は約13km。目的地である渋峠ホテルまでは約26kmなので、大体この場所が中間地点ということですね。
普通に自転車に乗れていても長い距離な上に、当然ですが道のりのほぼ100%が上り坂。しかも、今は満足にペダルを回せないコンディション。先が思いやられます。
15時には到着して、宿でまったりと疲れを癒しているはずだったのに、どうしてこうなった?いや、予定通りにいかないのも旅の醍醐味。そう考えることにしよう。
再び歩きはじめます。
自転車に乗れるのは、わずかにある下り坂と平坦な道、本当に緩やかな上り坂のみ。少しでも勾配が急になると、足がつりそうになるのでペダルを踏み込むことができません。
これ、なんなんだろう?熱中症の後遺症?ハンガーノック?汗をかきすぎて、体の中から大量の塩分が失われたせい?素人判断は危険ですが、それくらいしか思いつかない。
まったく、こんなに足をつりそうになるライドははじめてです。
不幸中の幸いとでもいうのか、標高が高くなるにつれて気温は低く、涼しくなってきます。
『只今の気温 30℃』
相変わらず太陽光は灼熱ですし、日陰もほとんどないのでツラい道中が続きますが、スタート地点から5~6℃も気温が下がると体感としてはラクですね。
たまにあらわれる木漏れ日の道は最高です。
新緑がとても美しいですし、緑のカーテンが日光を遮ってくれてとにかく涼しい。
ビワ池ホテルから約5km進むと、遠くに立ち上る煙を発見。なんだろう?ワクワクしながら近くに行ってみると、煙ではなく地下から噴き出た湯気でした。
ここは、志賀高原の名所のひとつ『平床大噴泉』です。
天然記念物に指定されたゲンジホタルを観察できることでも知られていて、別名は『ほたる温泉』だそうです。
もの凄い硫黄臭が立ち込めていますが、「温泉地に来たぞ!」感を高めてくれます。
ビワ池ホテルからこの場所まで約5kmを1時間かけて走ってきま…いや、歩いてきました。単純計算で時速5~6kmですね。
進まないなぁ…と嘆きそうになりますが、スタート直後の体調を考えたら、少しずつでも前進していることが奇跡!この調子でいこう。
それにしても、渋峠ホテルに着くのは何時になるんだろう?夕ご飯には間に合うのだろうか?
不安を感じながら進んでいると、さり気なく立っていた案内看板の中に『渋峠ホテル』の文字をはっきりと確認することができました!
こういうのを見ると安心しますし、「よし、もう少しだ!」という活力が生まれるんですよね。
あと一歩がキツいんです
相変わらずのいい天気ですが、少しだけ雲が出てきました。
サイクリングという意味では大歓迎ですが、夜におこなう天体観測に影響が出ないか心配。まぁ、空模様はどうしようもないので、文字通り運を天に任せます。
国道292号には、標高が書いてある看板が一定間隔で立っています。
標高1,700m地点!高いところまで上ってきましたが、見晴らしのよくない山道を走っている感じなので、あまり実感が湧きません。
緑豊かな自然の中を走るのは、それはそれで気持ちがいいんですけどね。
少しでも早く着きたくて無理してペダルを回していたら、左足に違和感。
「あ、これヤバいやつだ…!」
危険を感じ、すぐさま停止してビンディングを外すと、その瞬間に太ももをつってしまいました。これがめちゃくちゃ痛い!
生まれてはじめて”太もも”という部位をつったんですが、足がピーンとなって膝が曲がらなくなるんですよね。余計な力を入れると、更なる激痛に襲われるので身動きすらできません。
落ち着くまで立ったままマッサージ。その後、膝が曲がるようになったのを確認しておそるおそる自転車から降ります。その動作だけで再発しそうになりましたが、なんとか耐えました。
それにしても、走っている最中に太ももをつったら…と思うとゾッとします。ビンディングを外すなんてことはまず不可能なので、立ちゴケは必至。危険すぎるぜ。
それ以降は、ほとんど自転車に乗れませんでした。ただ歩いているだけでも足がつりそうになるくらい、激しく消耗しています。
こうなったらもう”急がば回れ”の精神。
とにかく休憩の回数を増やすしかありません。地面に座り、リュックサックの中で押しつぶされたクリームパンを頬張ります。
渋峠を走りはじめて、その7割くらいを自転車に乗らずに押して歩いている。はたして、自分がおこなっていることは”サイクリング”なのだろうか?そんな疑問が頭に浮かびます。
「自転車と共に在ること、それこそがサイクリング!」
乗らずに、押して歩いていようとも、自分は今まさにサイクリングをしている…という理屈で自分を奮い立たせました。
歩きます。修行僧のように、ただひたすら歩き続けます。
山がきれいだ。空に浮かぶ雲が近くなった気がする。高いところまで上ってきたんだな。
急な上り坂に苦戦していると、オートバイに乗ったライダーさんたちから、「がんばれー!」と激励の言葉をいただきました。
見知らぬ人から激励されたことありますか?なんだろう、めちゃくちゃ嬉しい。渋峠ホテルまでの道中、孤独な戦いを続けていましたが、「独りではない…!」と感じることができました。
乗り物は違えど、ツーリングを愛し、渋峠を走る人たちがいる。いいですね!気合い入りました。
そして、ついに標高2,000m地点に到達!
めちゃくちゃ疲れましたが、渋峠にある国道最高地点は2,172mなので残りわずか…なはず。
顔を上げてみると、それらしい建物が目に入りました。
あれ、渋峠ホテルじゃない?
インターネットで調べたとき、あんなような形をしていた気がする。きっとそうだ。もう少しでこの上り坂から解放される!
最後の力を振り絞ってクロスバイクにまたがります。ペダルを踏み込むと、思いっきり足がつりそうになりますが、なんとか誤魔化して前に進みましょう。
いざ、渋峠ホテルまでの最後の難関、つづら折りに挑んでいきます!
前編のおわりに
待望の渋峠でしたが、自己管理ができていないばっかりに”サイクリング”とは名ばかりの山登り修行になってしまいました。
炎天下でのライドは体力、水分&塩分を大きく消耗するので、前日からコンディションを整えて望むことが大切だと改めて実感しました。
前述しましたが、「なんだか調子が悪い。熱中症かもしれない…」と思った時点で、絶対にライドを中止すべきです。引き返すのが正解だったんですが、僕は無謀にも先に進みました。
なんとか無事に2,000m地点まで上ってこれましたが、運がよかっただけ。
次に同じようなことが…まぁ、起きない、起こさないのがベストなのですが、万が一起きてしまったら良識ある行動をしよう!そう思いました。
反省ばかりになってしまいましたが、思い出深いライドになったことは間違いありません。
真夏の太陽が照りつける中、クロスバイクをほとんど押して歩いた20数kmの道のりを、僕は一生忘れることはないでしょう!
この体験は僕の人生にとって、大きな財産になる。そんな予感がしています。
そんなわけで、後編は渋峠ホテル到着から天体観測、翌日の帰路についてお話します。
はたして満天の星空を眺めることはできるのか!?こうご期待!
~次回のライドはこちら~
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