時刻は13時をまわりました。
出発から約7時間が経過し、走行距離は3ケタ目前の97kmです。3日目はざっくり127kmを予定していたため、ゴールはもうすぐそこ。
コカ・コーラを飲みながら、「あと30kmか!わりと早く着きそうだな」なんて余裕をぶっこいていましたが、一筋縄ではいかないのが僕の自転車旅。
ここから、今までに体験したことない”トンネルラッシュ”が続きます。
僕だけではなく、全サイクリストが苦手であろうトンネルが、「これでもか!」というくらいにあらわれるのです。
残りたった30km。されど30km。
自転車人生の中で、過酷ランキングベスト3に入るであろうラストスパートが今はじまる!
全集中!浜益トンネルを抜けてゆけ
コカ・コーラを飲みながら休憩した『FOODS STORE WATANABE』から、約2km地点。
ここから、さらなる試練が幕を開ける。
『床丹(とこたん)覆道 オロロンライン』
覆道なのでトンネルよりも圧迫感が少なく、走りやすい。すぐ左側には海が広がっているため、景観もいい素敵な道路です。
「日差しもさえぎられるし、これはこれでいいかも?」
気をよくしたのも束の間、覆道は唐突におわりを迎え、継ぎ目なくトンネルに移行します。
再三の話になりますが、北海道の……少なくとも国道231号にあるトンネルは、車幅が狭いところが多い気がします。
普通だったら、極力避けたくなるようなところばかり。厳しいぜ。
「結構長いな……」
思わずつぶやいてしまいます。
そして、出口から差し込む光を見て安堵するというのは、トンネル走行のお約束。もはやルーティンと化しています。
外に出て振り返ると、そこに『二ツ岩トンネル』という名前を見つけることができました。
調べによると全長1,793mらしい。床丹覆道と一体化していたため、距離以上に長く感じるトンネルでした。
視線を進行方向にむけると、すぐ先にふたたびトンネルが口を開けているじゃありませんか。
その名を『浜益トンネル』といい、間違いなく本日最大の難所です。多分。
黄色い案内板に黒文字で書かれた『自転車注意』という警告が、板の控えめな大きさとは裏腹に、その過酷さを物語っています。
どれくらいの長さなんだろう?入口付近には表示されていませんね。まぁ、走ればわかるか。
止まっていても仕方ないので突入!
トンネル走行は、本当に集中しないと交通事故のもとになるため、時計を確認することも容易ではありません。
薄暗い一本道、路面を見つめながら一心に走っていると、時間感覚がマヒします。
「いったい自分は、何分くらい、どれくらいの距離を走ったのだろう?」
よくわからなくなります。
狭い車道、気をつかいながら慎重に走る。走る。しかし、一向に出口の光を感じません。
ふと、壁面をみると、出口までの距離が親切に書いてありました。
「ふーむ、あと3kmか。……3キロォ!?」
ちょっと待って。このトンネル全長なんキロあるの!?残り3kmって、先に遭遇した『新送毛トンネル』の2,995kmを超えてるじゃん!
増毛町が近づいているからなのか、交通量も増えてきて油断ならない状況です。
いっこうに減らない、壁面に書かれた出口までの距離。早く抜けたいと嘆いても、あまりスピードを出すことが叶いません。
今は耐えるしかない。急いては事を仕損じる。
ここでいう”事”とは”命”のこと。大袈裟ではなく、それくらいの意識をもって走った方が安心安全なライドにつながると思います。
路面状態の悪いところでは、ロードバイクに乗車しているのがこわくなりました。しかし、数百メートルならまだしも、キロ単位を歩く気にはなれないし、逆に危ない。
某人気アニメではないですが、まさに”全集中”です。人車一体になり、余計なことを考えず、ただ前に進むことだけを意識する。
間違いなく、今、生まれてからこれまでの人生で……いちばん集中している!!
怒涛のトンネルラッシュ開幕
極限の集中状態の中、ついに進行方向に差し込む光を感じました。
しかし、焦りを生む原因になるため、よろこばない!残り十数メートル、本当は全力疾走したいところですが、ここまでと同じようにあくまで淡々と走る。
そして、無事に浜益トンネルを抜けることができました~!
全長を調べてみると、なんと4,743mもありました!トンネル走行の最長距離を、余裕で更新してしまったようです。
正確ではありませんが、20分くらいかかったのかな?そりゃ長いと感じるはずだ。
抜けてすぐのところに、有名な景勝地がありました。
雄冬岬にある『白銀(しらがね)の滝』です。国道231号の開通記念に命名されたそうです。
清水が流れ落ちるさまは、この暑い夏の時期に”涼”を与えてくれますね。
白銀の滝からは美しい日本海を眺めながら、海岸線を走ることができます。
体感的に長時間、薄暗いトンネルの中にいたので、青々とした海が目に飛び込むと、爽快感とともに新鮮な感動を与えてくれました。
そして、増毛町のカントリーサイン!
デザインはずばりエビとサクランボ。
増毛町はエビの漁獲量が多いことで有名。そして、フルーツ栽培にも力を入れていて”日本最北の果樹地帯”と呼ばれているそうです。
案内標識にも『増毛市街』が出てきたぞ!
残り22kmを、「目と鼻の先だー!」なんて甘くみないで走っていくとしましょう。
ずん!と海に突き出る大岩に目を奪われます。
様相から名前がつけられたのか『赤岩岬』というらしい。名は体を……ではなく、体は名をあらわすということですかね。
そして、進行方向には赤岩をくりぬくように作られたトンネルが映ります。出口は見えていて短いのはわかりますが、「またか!」と思わざるをえません。
甘くみずなんていいましたが、最大の難所は越えたと心のどこかで安易に考えていました。
目の前の雄冬トンネルを皮切りに、怒涛のトンネル&覆道ラッシュが幕を開ける!
以下、数が多すぎるため箇条書きでお楽しみください。
②赤石岬覆道(約130m)
③フレシマ覆道(約50m)
④武好覆道(約120m)
⑤武好トンネル(約270m)
⑥赤岩覆道(約60m)
⑦岩尾トンネル(90m)
7つのトンネル&覆道が、100~200mくらいの間隔で連続してやってくる!
いくらなんでも多すぎやしないかい?
それぞれの全長は短いですが、7連続はメンタル的にしんどい。しかも、平坦道ではなく、微妙に勾配のついた上り坂になっているのも小憎たらしい。
左手に海を眺めながら1.3kmほど走ると、見えてきました。ラッシュ第2弾。
⑨日和トンネル(140m)
⑩湯泊トンネル(220m)
同じく100~200mの間隔で3連続。よし、距離も短いし大丈夫。
そして、450mというほんの少しだけ長めのインターバルを経て、やってきました第3弾!
⑫日方泊トンネル(2,900m)
延長が一気に跳ね上がりました。
黒岩トンネルは1kmにも満たないのでよかったのですが、日方泊トンネルと約500mの覆道で結ばれており、見方によっては”長い1本のトンネル”といえなくもない。
ここにきて、全長4.3kmの大ボリューム!本当に、もう、お腹いっぱいです!
ついにたどり着いた増毛町
めちゃくちゃ疲れた。
長い長い日方泊トンネルを抜けると、そこは『望洋橋』と呼ばれる橋。
名のとおり、見事な海を感じることができるスポット……なのですが、それどころじゃない。
なかなかの急勾配が、足をビシビシと刺激してきます。
疲れた体に鞭を打ちながら坂道を上っていると、ここにきて……!ここにきて……!
上り坂&トンネルの最恐コンビの登場!
⑭ペリカトンネル(394m)
絶望を感じましたが、どちらも短いトンネルだったので事なきを得ました。
ちなみに、このマッカ岬とペリカは140mくらいの橋でむすばれていて、緑豊かな山あいからちらりと見える海が印象的でした。
しかし、心身ともに疲労は爆発寸前です。かなりきつい。
「もう勘弁してくれ……!」
そんな泣き言をあざ笑うかのように、前方100mに見えるのは?そう、トンネルです。
名前はわかりませんが、看板には『トンネル延長1,992m』と書かれています。おーい!2km弱も続くんかーい!
ここまでくると、逆におもしろくなってきました!これだから自転車旅はやめられない。
気持ちが前向きになると、足取りも軽くなるようです。
ペリカトンネルの出口が上り坂のピークだったようで、ゆるやかな下り坂になっていることも僕の背中を後押し。ペダルがよく回るぜ。
そして、やっとの思いで抜けた!
ほとんど3連続だったトンネルの猛攻を、なんとか耐えしのいだぞ。
地図アプリで調べたところ、本日の目的地である宿までは残り7km。
半分くらいダウンヒルになっていて、一気に駆け下りれそう。トンネルもない。いよいよ、旅の終りが見えてきた!
あっという間に6kmを走り、増毛町の市街に入りました。
はじめての街は、やはり心おどりますね。
スピードを落として、危なくない程度にあたりを見回してしまいます。
時刻は15時35分。やっとのことでたどり着きました!
『旅ing人の宿 ぼちぼちいこか増毛館』
レトロなたたずまいの旅人宿。ここで一泊すると思うと、胸が高鳴る!
自転車から降りて、背負っていたリュックサックを地面に置きます。建物を見上げながら、「今日もお疲れさまでした」とつぶやき、3日目の”走行”は終了となりました。
【本日のライドデータ】
走行距離 123.13km(トータル382.08km)
所要時間 9時間14分
走行時間 7時間7分(-2時間7分)
宿のチェックインは16時からなので、まだ少し時間があります。
街中をウロウロしてみました。
すぐ近くに、最北の酒蔵『国稀酒造株式会社』がありました。
明治15年(1882年)に創業された国稀は、ひと目見ただけで歴史を感じる木造建築。中に入ってみると、当然ですがお酒がたくさん売っていました。
同じ国稀でもいろいろな種類があるようです。
試飲もできるみたいですが、自転車で来ているため飲みません。飲酒運転は絶対ダメ。
「せっかくだから、親父にお酒でも送るか」
そうは思ったものの、お客さんが多すぎてスムーズに購入できなそうなので断念。
石倉を利用して営まれている『ありすこぅひぃ工房』さん。
たたずまいの重厚感がすごい。
店内はコーヒーを楽しむスペース以外にも、展示物が充実していました。
ニシン漁に使われていた船。迫力があります。
当時の写真とともに無料で見学できるので、コーヒーブレイクの合間に立ち寄ってみるのもおもしろいと思います。
国稀の巨大オブジェもありました。
手作り感があり、とてもいい感じ。国稀は増毛町の”ほまれ”ということが伝わってきます。
その後、海を眺めながら時間をつぶし、16時を過ぎたところで宿にむかいます。
海に沈む夕日を眺めながら
宿の前にはオートバイに乗ったライダーさんたちが、待機していました。
宿泊仲間かな?
宿の中、誰もいない玄関で呼び鈴を鳴らすと、奥から人が出てきてくれました。オーナーの一休さんです。
日本最北端をめざす今回の自転車旅を企画したとき、大いに悩んだのは宿選びでした。
お盆休みの時期で小さい民宿なんかは臨時休業してしまっている中、ほどよい距離・ほどよい価格の宿がなかったんですよね。
そんな中で見つけたのが増毛館でした。
チョイスの決め手となったのが、オーナーの一休さんといっても過言ではありません。
このお方も自転車で日本一周を達成しており、そのときの経験を経て自身も宿を営むようになったそうです。名前の”一休”も本名ではなく、旅人ネーム。あだ名みたいなものですね。
一休さんに宿内を案内していただきます。
取り壊す予定だった老舗旅館を引き継ぎ宿にしただけあって、外観もさることながら内装もしっかりレトロです。
汚れているわけではなく、これまで歩んできた歴史をしっかり内包している感じ。年季が入っていて、とてもいい雰囲気です。
「さてさて、今日の寝床はどこざんしょ?」
2階に上がり就寝スペースを確認すると、なんと大広間に複数人が雑魚寝するスタイル!
昨今のゲストハウスのように”カーテン付き2段ベット”があるわけではなく、完全に一部屋を宿泊客で共有して使うようです。
間仕切りもないため、プライベート空間はゼロ。これには驚きました。
一休さんの話だと、今日は宿泊客が少ないため僕を含めた4人で使えるらしい。
大広間に四隅に畳まれている枕や布団などの寝具類。その近くに個人の荷物が置かれているところには、先客がいるということでしょう。
よく見ると、すでに布団に寝転がっている人がいるぞ。
あいさつをして、いざ入室。自分の寝床を確保するために荷物をおろします。不思議なもので、それだけで畳数枚が”自分の陣地”になったような感覚をおぼえます。
人によっては抵抗感があると思いますが、修学旅行のようで僕は好きですね。
さて、夕ご飯の時間もきまっているので、あまりゆっくりもしていられないぞ。
汚れた衣類を洗濯する前に、まずは自分の身を清めたい。近隣に日帰り入浴ができる施設があると聞いたので行ってみよう。
意気揚々と1階に移動しようとしたまさにそのとき、アクシデント発生!
ズザザっ!と階段を滑り降りる僕。
「階段は急だから注意してね」
案内されたときの言葉がよみがえりますが、時すでに遅し。3段目くらいで止まることができたのですが、とっさにスマホを持った手で体を庇ってしまい、画面にヒビが……!
幸いダメージは貼っていた保護フィルムにとどまったので、動作に異常はなし。よかった。まだまだ旅は続くのにスマホが使えなくなったらと思うとゾッとします。
滑り落ちる音を聞いた宿泊客の方が、「大丈夫?」と声をかけてくれました。
恥ずかしさを押し殺して笑顔で応対します。体も無事だったので、良しとしましょう。こういう日もあるよね。うん。
さて、日帰り入浴ができる宿泊施設『オーベルジュましけ』までは約1.4km。地味に距離がありますが、ロードバイクを持ち出すのも味気ないので、歩いてみよう。
コンビニで飲み物を買い、街並みを確かめるようにゆっくりと進みます。
青い空に緑、流れる川。この光景、まさに”夏”そのもの。すばらしい。
暑寒別川を越えると、ようやく到着しました。
本日の走行距離は123km。距離としてはちょうどよかったのですが、いかんせんトンネルが多くて大変な思いをしました。
その苦労も、疲労も、温泉につかることで吹き飛び、いい思い出に変わっていきます。
心身ともにリフレッシュできたので、ふたたび宿まで歩きます。
時刻は18時30分。
ちょうどいい時間になっており、水平線に沈む夕日を眺めることができました。美しい光景を目に焼きつけようと、しばらく無心で空を眺めます。
普段だったらやりすごしてしまうようなことにも、落ち着いて、余裕をもって向き合うことができる”旅時間”が大好きです。
増毛館、旅人と過ごす夜
宿に戻ると、夕ご飯の時間。
増毛館の夜はここからがすごい!宿泊客でちゃぶ台を囲み、みんなで食事をいただきます。
おいしそうな料理の中には、直前に一休さんから、「お客さんがウニを買ってきてくれたんだけど食べる?みんなで割り勘になっちゃうけど」と話しをいただいたウニも並んでいます。
こういうパターンでおかずが増えるのは、はじめての経験。
増毛館に泊まる人は、もれなく”旅人”です。
最初は見知らぬもの同士の独特な空気が漂っていましたが、旅人が集まれば、「どこから来たんですか?」「どこまで行くんですか?」という魔法のワードで盛り上がるもの。
食事を囲んで、楽しい旅の話がはじまります。
移動手段はオートバイが多く、他には車や公共交通機関&徒歩で北海道をまわっているという人もいました。
自転車なのは僕だけで、「宗谷岬まで走ります」といったらとても驚いてくれました。
おそらく全員が僕より年上で、旅の経験も豊富です。話を聞いているだけで、おもしろい。増毛館はとても愛されていて、何回も泊まりに来ているリピーターもいました。
食事を食べおえると、二次会……というわけではありませんが、旅の話を肴(さかな)にお酒をたしなむ『やろう会』の開催となります。
強制ではありませんが、せっかくなので僕も部屋に戻らず、そのまま参加しました。
最初、一休さんから”野郎”会と聞いたときは、名前のインパクトにビビりましたが、旅の話でもしながら一杯”やろう”会なんですね。
確かにお酒がメインになると、これまでの経験を語る言葉にもさらに熱が入ります。
町内ではお祭りがおこなわれていて、外からは祭り囃子にのって人びとの声が聞こえてきます。なんだ、この夏のひと夜。最高すぎる。
はじめて知ったのは『とほ宿』の存在。増毛館もそうです。
とほ宿とは?
『旅人同士だったり、その土地に住む人だったり、誰かと出会う旅をしたい人のために』をコンセプトに、出会いの旅をサポートしている宿。
以下のような特徴があります。
❶リラックスできる個性的な宿
❷ドミトリースタイルで低価格
❸旅好き、コミュニケーション好きな宿主とほネットワーク旅人宿の会に登録の後、情報誌『とほ』に掲載されます。
40か所もある『とほ宿』のほとんどが北海道にあり、まさに”とほ宿巡り”を楽しみに訪れる人も多くいるそうです。
宿泊客の方に、「知り合った記念にプレゼントするよ」と、とほ本を買っていただきました!
これは嬉しい!
年に1回発行されているそうです。
全国にある『とほ宿』が掲載されています。見てるだけでワクワクしますね。
もちろん増毛館も載っています。
北海道を旅するときは、この『とほ宿』への宿泊をおすすめします!僕の中では、それほどまでに衝撃的で楽しい経験となりました。
そんな出会いもあり、お酒とともに尽きない話に花を咲かせ、増毛の夜はふけていきました。
旅人の朝は早いので、日付が変わるくらいでぼちぼち就寝。
明日はどんな旅になるだろう?
同じ旅人仲間にエネルギーをもらったので、どんな困難な道が続いていたとしても、きっと宗谷岬までたどり着ける!
そんな確信を持ちながら、夢の中に落ちていきました。おやすみなさい。
次回に続く!
~次回のライドはこちら~
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